昼寝ネコの雑記帳

誰だって佳き人生だったと振り返りたい


Emmanuel - played by Toots Thielemans ( Michel Colombier ) - baroqer 2010

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誰だって佳き人生だったと振り返りたいものだ。

人生を終えて肩の荷を下ろす瞬間、
人は閉じようとする自分の人生の
どのシーンを思い出すのだろうか。

何かに夢中になり、他は何も視野に入らず
ただひたすら走り続けたとき。
そして、気がついたら
全てが跡形もなく消え失せてしまい
徒労感が空虚な心を占めたとき。

人間が幸福を得るのは、案外そんなに
難しいことではないのかもしれない。
誰でも人生のある時期には、
何かを得ようともがき、
何かを達成しようと、貴重な時間を浪費する。

その何かが、決して重要なことではない、
と気づいた瞬間が、実は人生の分岐点だった。

虚栄、私欲や物欲、名誉欲などは
どのようにすれば、ひとつずつ
削ぎ落とすことができるのだろうか。

見てみないふりをした後悔。
最善を尽くさなかったことへの罪悪感。

一番難しいことは、人を赦すことだろう。
しかし、もっと難しいのは、
自分が最も良く知っている、
自分という醜悪な存在を受け容れ
赦すことなのではないだろうか。

自分自身との和解が、新たな人生の
再構築の始まりであることを知る人は少ない。
人生は、知識の集合体で完成するのではなく
実は心と感性、いたわりと思いやり、寛容
などという、ほぼ死語になりつつある言葉に
生命を吹き込むことで完成することを
知る人は、さらにもっと少ない。

それは自分自身、そして他者を生かすことになり、
他者を生かすことは即ち、自分自身の終着点、
佳き人生の到達点であることを知る人は少ない。

午前中、弔問にお邪魔した。
出棺前の先輩は、静かに目を閉じ、物言わぬ姿で
穏やかに私を迎えてくれた。
しかし、その表情は私にとって饒舌だった。

帰り際に、遺品ですといってご遺族から渡されたのは
先輩が数十年使い続けた将棋盤と、比較的新しい
木製の駒だった。
サークルの駒はプラスチック製で使いにくい、
といった私のために、わざわざ購入してくれた駒だった。

すでに、言葉を発しなくなった先輩だったが
多くの感慨を、無言で私の心に残してくれた。

本当のお別れに、感謝の気持ちを込めて。


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by hirune-neko | 2014-10-17 17:18 | 心の中のできごと | Comments(0)
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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