昼寝ネコの雑記帳

音楽のないブログ


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音楽のないブログ記事を書くのは初めてだ。

札幌での仕事を終え、千歳駅近くのホテルに
チェックインした。

いよいよ明日朝の飛行機で、羽田に向かう。
なんとか無事に着陸することを願っている。

営業先が札幌だったので、ご機嫌伺いを兼ね
母の家に滞在した。
で、一昨日の夜、玄関で出迎えた母の第一声。
「5月に来た時よりハゲが拡がったね」
「・・・(無言の忍耐だ)」

続いて第二声だ。
「眼の下にクマができちゃって、
ますます人相がわるくなったね。」
「・・・(ため息をこらえてさらに忍耐)」

老体なのに無理して、夕食を用意してくれたのは
ありがたいと思う。しかし、私が血糖値を
上げたくないので、夜は米飯を食べないんだと
何度も繰り返し説明していたのに、
「ほれ、いくら丼作ったから食べなさい。
これ高いだけあって美味しいから。」
「何回も言ったでしょ?夜はご飯を食べないって。」

少し無口になり、悲しげにうつむく母。
「じゃあ、せっかくだから少しもらうよ。」
テーブルに置いてあった大き目のスプーンで
2杯だけご飯を取り分け、超ミニ・イクラ丼を食す。

あと数ヶ月で90歳になる母で、息切れ・酸欠が頻発し
足元も怪しくなっている。
あまりキツイことを言ってしまい、
あれが最後の会話だったか、などとなってしまうと
いかにも後味が悪いではないか。

なので私は、母の第四声も第五声も
寡黙にスルーしてじっと耐え続ける。

気がつくと脳内に疲労と違和感が拡がるのを
感じて不安になる。
携行した血圧計で測ると160を超えており、
まずいまずいと思っているうちに、とうとう
200を超えてしまった。

薬など服用せず、あれこれ自己流で対応し、
翌朝は見事に115まで下がっていて安堵した。

いろいろな方が食事を差し入れてくれる。
今日は五目焼きそばだった。
短歌仲間の女性らしい。母との遅い昼食になった。

「お前の世話で身体を酷使して疲れ切ったから
食欲がなくなったよ。だから私のは少なくしたよ。」
「ああ、それは済まなかったね。」
そう詫びながら母の五目焼きそばに視線を移した。

「オレのと、そんなに変わんない量だよ。」
「麺はお前の方を多くしたんだよ。私のは具が多いの。」
「はあ、そうなの?」
笑いをこらえるのがひと苦労だった。

まあ最終的には、穏やかな親子関係のままで
なんとか母宅を後にすることができた。

母も私も朝が弱い。明日の飛行機便は朝なので、
ホテル代を出すから、頼むから今晩は
千歳のホテルに泊まってくれと母が申し出た。

一日でも長く母と一緒に過ごしたい、
などという殊勝な考えは微塵もなく、
ホテルの一室で気ままに過ごしている。

肝心の仕事は、札幌で新規開業の
産婦人科クリニックに、名入り絵本導入の
実務的なレクチャーだった。
院長先生が気に入ってくださっているらしく
まあ九分通りは正式採用になると思っている。

飛行機は、搭乗してしまえばなんの不安もない。
しかし、このままで文章を終えてしまい、
仮にこれが絶筆となってしまったなら
あれこれパロってしまった母に対して
とりかえしのつかない
恥辱の遺言になってしまうので、最後に
真実をありのままに一言で表現するなら
我が母は、自分をを犠牲にして
子を守った、実に感謝すべき立派な母である。

ついでに付け加えるならば、でも母もやはり
細かいことを口うるさく指図したがる
女性であることも事実である。

ああこれでやっと、明日は心置きなく
飛行機に乗ることができそうだ。

・・・iPadなので操作が容易でないため、
校正せずにアップするのをお許しいただきたい。


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by hirune-neko | 2014-09-26 00:40 | 心の中のできごと | Comments(0)
<< 老人だって曠野を目指すんだよ 気分はいつでもラストフライト >>



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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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