昼寝ネコの雑記帳

少しだけ先輩の不安と苦しさを引き受けて


Astor Piazzolla, Aconcagua, II. Moderato

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先輩の再手術の日だったせいなのかもしれない。

将棋仲間で、私より20歳近く年長なのに、
私のことを「先輩」と呼ぶ先輩が、大動脈瘤の
手術を受けて、もう半年は経っただろうか。

退院後は元気な姿で久しぶりに対局し、
2戦2敗で悔しがる表情は、無邪気そうだった。
リベンジ対局に燃えていたものの、ほどなく
ときどき高熱と寒気に襲われ、再度検査を
受けることになった。

検査の結果、思ったほど悪くなく、無罪放免で
入院せずに済んだので、先輩は奇跡だと喜び、
ご家族の皆さんも安心されていたのだが、
最近また同じ症状が出てしまった。
精密な検査の結果、手術部位に細菌が残って
繁殖しているのが原因だと判明した。

再度手術を受けることになり、昨日が手術日だった。
自身の横隔膜を切り取り、心臓を包み込む、
そんな手術だと聞いていた。

昨日の午前中、徐々にキーボードの文字が
みえにくくなり、明らかな異変があった。
幾何学模様の光が細かく点滅し、確認したが
両眼とも同じ症状だった。

なので、脳梗塞なのかと思い、症状を検索したが
どうも違うようだった。そのうち、頭部で
違和感が拡がり、念のため血圧を測ってみた。
ずっと正常値で推移しているので、血圧には
異常がないと思っていたのだが、メーターが
どんどん上がり、上の値が200を超えてしまった。
久しぶりに高い数値なので、すぐに水分を補給し
後頭部をアイシングした。

じきに下がり始めたが、それでも170前後なので
仕事も無理をしないことにした。

夜、先輩のお嬢さんに電話して術後の様子を聞いた。
執刀した先生が明るい表情で、うまくいったと
いってくれたそうで、お嬢さんの声も明るかった。

私の方は、夜中まで何度も血圧を測ったが、
なかなか下がらず、眠気も感じなかった。

高齢で体力も落ちている状態で、手術台に
上る先輩の気持ちを想像してみた。
おそらく、覚悟をして臨んだことだろうと思う。

突然の私の体調不良は、もしかして先輩の
負いきれない苦痛の一部を分けてもらったのかなと
そう考えると、何か少し良いことをしたような
気になることができた。

毎月、厚木の将棋教室へ一緒に往復し、
車中でいろいろな話をしたことが思い出される。
あるとき、松本清張原作だという映画「駅路」の
話題になった。ゴーギャンの絵が好きだった
主人公は、定年後にタヒチに行くことを
楽しみにしていたのだと、まるで自分のことのように
語っていた。
先輩は、高齢ではあるものの、今でもまだ
青年の部分を保ち続けているのだなと、
ハンドルを握りながら、あれこれ想像を巡らした。

業界新聞社の経営をし、苦楽を経験された方だ。
80歳になっても、頭脳明晰で弁も立ち視野も広い。

今は、質素だが平安に生活されているようだ。
人生の晩年は、それが何よりなのではないだろうか。

穏やかに人生を懐古できる人は、多くの冨を持ち
あれこれ煩いが絶えない日々を送る人よりも、
ある意味では、幸福なのではないかと思っている。


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by hirune-neko | 2014-09-05 22:37 | 心の中のできごと | Comments(0)
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妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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