昼寝ネコの雑記帳

家族・Family (英)・Famille(仏)・Familla(西)


Astor Piazzolla - La famille


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家族・Family (英)・Famille(仏)・Familla(西)


この月曜日に、逗子の娘の家に
われわれ夫婦、次男夫婦、三男家族が集合した。

「お前と最後に会ったのは、いつだっけ?」
「ん〜、去年のクリスマス」娘が答えた。

数時間を過ごし、往復とも次男のお嫁さんの
運転で送り迎えしてもらい、楽をさせてもらった。
次男のお嫁さんは、勿論女性なのだが、
脳内構造は男性的で、IT技術に強い。
運転もしっかりしているし、理論的な思考で
下手な男性よりすっとしっかりしている。
エレクトーン演奏はプロの技術だ。
次男はいい人に来てもらったものだ。

三男のお嫁さんは、実にはっきりした性格だ。
「これは塩分が強いので、お父さんにはダメです」
「そんなこといわないで、お願いします」
「じゃあ半分だけですよ」
このお嫁さんの父親にいったことがある。
「いやあ、お宅のお嬢さんははっきりいいますね。
まるでウチの娘みたいに、かなりズケズケいいますよ。
だから、お嫁さんというよりは、娘がひとり
増えたような感じですよ」
お父さんは大笑いしながら
「有難うございます」といった。
三男の性格を考えると、ぴったりなのだと思う。

当日、みんなの前で宣言した。
「いやあ、こうして改めて会ってみると
やっぱり娘はかわいいもんだね。
息子たちは友だちか同僚みたいなもんだけど、
やっぱり娘はかわいいもんだよ」
意外と娘は厭な顔をしなかった。
不在の旦那さんに代わり、同席した弟さんに
「私ね、性格が一番お父さんに似てるの」
娘はそのようにつけ加えた。
娘は地上で最も、私に遠慮のない人間だ。
旦那さんはヨットの仕事で、まだレースに出る。
なので、心配もつきまとうだろうが、
寛容ないい男性と出会えて良かったと思う。

数日経った昨晩、当日参加できなかった長男と
電話でかなりの長話をすることができた。
話題はとりとめもなく拡がり、その独特な視点を
理解しようと努めた。時々は説教調で訓話を垂れた。
大手企業に勤めているが、短時間睡眠にも拘わらず
有能な仕事ぶりのようだ。
帰省したお嫁さんたちの代わりに、愛犬と留守番だ。
いつだったか対面させてもらったが、
トイ・プードルだかフレンチ・プードルで
名前は確か「モネ」だった。
いつだったか、正月に尋ねていき、
お嫁さんの手料理をいただいたが、なかなか美味しかった。

そうそう家族全員が集合する機会がないものの、
たとえ離れていても、心が通っているのを実感している。
心配の種は尽きないものの、いつでも声をかけられる
家族が存在することは、人生で最も価値あることだと
改めて思っている。

周りには、なかなか結婚できないまま
婚期を失いつつある人たちがいる。
年老いた母を残して先に死ねない、といいながら、
数日前に他界した女性がいる。

私たちが結婚したのは1975年なので、
来年は40周年になる。40年目は何婚式なのか知らない。
勝手気ままで、はみ出し人間の私を支え、
永年よく耐えてきてくれていると思っている。
なのでまったく頭が上がらず、家長の特権なんて
ずっと前から家内に委譲してしまっている。
今では私も、老犬らしく物静かに生きている。(?)

人生は取り返せないことが多いけれど、
いつでもその場所から、生き直せるのも人生だ。
失敗や落胆は誰の人生にも避けがたいものだが、
常に脱皮できる可能性があると思えば
少しは気が楽になるのではないだろうか。

数ヶ月前、Facebookで偶然に見つけた女性は
ピアソラのお孫さんだった。
最初に一瞥したときは、男性だと思ったが
ヨガを習得している個性的な女性だった。
おそるおそる友だち申請をしたら、承認してくれた。
個性的なピアソラの血を引くだけあって、
なかなか存在感のある女性だと思う。

標題のピアソラの作品は「La Famille」(家族)で
どういうわけかフランス語のようだ。
ピアソラがどのような状況、また心境で
この作品をイメージしたのかは知る由もない。
ただ、じっと聴きながら静かに思い巡らしている。



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by hirune-neko | 2014-08-15 12:50 | 心の中のできごと | Comments(0)
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妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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