昼寝ネコの雑記帳

人に歴史あり、足跡ありき


Astor Piazzolla / Julia Zenko Chiquilín de Bachín


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人に歴史あり、足跡ありき


知人の訃報が届いた。
今夜は師匠との将棋対局の日だったが、
お通夜に行くことにし、キャンセルした。
そんなに親しく交流していた訳ではないが
数十年前からの知り合いなので、最後のお別れを
しに行きたいと思った。
彼は享年72歳で、ガンとの闘いの末だったそうだ。

場所は、横浜・山手の外人墓地から
そう遠くない教会だった。
クリスチャンだった彼との最後の会話が
いつだったかも思い出せないほど、ずいぶん疎遠だった。
キリスト教式なので、お通夜とはいわず、
viewing(ビューイング)というのだそうだ。
礼拝堂はすでに空席がないらしく、入り口の外で
弔辞を聴くことになった。
やがて、故人の歴史を辿る映像が上映された。
遠かったので、なんとなくしか把握できなかったが、
どうやら、生後間もない頃から成長して大人になり、
やがて結婚し、子どもが生まれ、家族との小旅行・・・
そんな流れなのだろうと理解した。

映像に合わせて流れたのは「なだそうそう」。
調べたら、「涙(なだ)そうそう」は沖縄の言葉で
「涙がぽろぽろこぼれ落ちる」という意味だそうだ。
おそらくは、故人の好きな曲だったのだろう。
あるいはご遺族の方々が選んだのかもしれない。
いつしか自然と、まるで近未来の自分自身の
viewing(ヴィューイング)を傍観しているかのような
不思議な感覚になった。

人間には誰にも歴史があり、足跡を残している。
毎日の忙しさに埋もれているが、思い起こせば、
礼拝堂の映像同様に、自分にもあんなシーンが
作られるのかなと、束の間だがくっきりと
これまでの足跡を見たような気がした。
自分の好みで選曲するとしたら、ピアソラから選ぼう。
で、どの曲を選ぼうかと真剣に考えた。
映像用の写真を何枚か選んでおいた方がいいのかな、
そんなことをぼんやりと考えていた。
音楽はいつの間にか、「涙(なだ)そうそう」から
オーケストラとコーラスの曲に変わっていた。
知らない曲だったが、聞くと、子どものための歌だそうだ。
つまり、教会の子ども向けの曲なのだろう。

やがてviewing(ビューイング)は祈りで閉じられ、
故人の奥様と挨拶する機会があった。
「ご自分の健康を損なわれませんように」
彼女は私のことを覚えているだろうかと、思った。

棺に並ぶ列に加わった。
生前の彼が笑顔で映っている遺影が飾られている。
やがて順番が来て、棺の中の彼と最後の対面をした。
当然だが無表情だった。
いつもにこやかで物静かだった表情は、
まさに遺影そのものだった。
改めて両方を見較べて、黙礼し辞去した。

私には自分の寿命があと何年残されているか
皆目分からない。
母方の祖父は38歳を過ぎて病死し、父は45歳だった。
短命の家系なので、30歳を過ぎた頃から漠然と
自分も短命なのだろうと、ずっと感じてきた。
なのにあっという間に還暦になり、その頃から逆に、
やりたいことが徐々に具体的になり始めた。
決定的だったのは、昨年のノーベル文学賞が
カナダの81歳の女流短編作家に授与されたことだ。
あらら、まだ20年近くの準備期間があるではないか。
そんな呑気な気分になることができた。
去年の後半から、ネット上で「神のごとき新聞社」と
絶賛されている東海新報が、このブログの
気仙関連の記事を連載してくれて、とうとう12回になった。
編集方針で、昼寝ネコの名前ではなく、
実名で掲載されているものの、コラムにはちゃんと
「昼寝ネコの雑記帳」と題字が掲載されている。
数日前に、ある新聞社で校閲記者をしている知人に
それまでの連載記事をコピーして渡したとき、ついでに
81歳のノーベル文学賞を目指す話しをしたら、
「まずは80歳まで生きていてください」といわれた。
いわれてみれば確かにそうだ。

元町商店街は、いつ行っても好きな雰囲気だ。
すぐ近くの「はらドーナツ」という、豆腐を原料に
ドーナツを作っている店があり、食べたかったのだが、
すでに閉店時間を過ぎていた。心残りだった。



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by hirune-neko | 2014-01-17 01:13 | 心の中のできごと | Comments(4)
Commented by El Bohemio at 2014-01-17 02:45 x
昼寝ネコさん、

ノーベル賞候補になる。
新しい年の目標としては
素晴らしい。
 やはり知人や友人が永遠のわかれ
告げいていくのは寂しいですね。
 小生は日本を飛び出して長いので
昔の友人から見放されてしまいました
から、今はFBの友達だけです。
 もちろん、娘が東京にいた時に
数名のタンゴ仲間に手紙を
託しましたが誰からも返事は
無く、そんな物かと諦めています。
 横浜の外人墓地のすぐ傍の
教会は何処だったかなー、
あの辺は観光地ですが、小生の
生まれた場所に近いので、
ふと郷愁に駆られます。
 場所は山元町で昔は競馬場が
あり、戦後は公園になったと
聴いています。
Commented by papabubure at 2014-01-17 08:27
新百合ケ丘駅構内にはらドーナツが出店してますよん。
Commented by hirune-neko at 2014-01-18 17:51
El Bohemioさん

ではお互いに、これから老骨にむちうって、存在感を示しましょう。
Commented by hirune-neko at 2014-01-18 17:52
papabubureさん

えっホントですか?じゃあ新百合の方が近いので、今度買いに行きます。
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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