昼寝ネコの雑記帳

遠く地平線を眺望する人、地の果てを見る人


Charles Aznavour - Hier encore


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遠く地平線を眺望する人、地の果てを見る人


10年単位で放置していたCDの山から、思い立ったように
1枚ずつ手に取ってみた。

シャルル・アズナブールのアルバムが出てきた。
20歳代の前半から、30歳近くまで
繰り返し繰り返し聴いた、懐かしい歌声が
当時の心象風景を、懐古的に呼び覚ますのを感じる。

あの頃の年齢では、人生が遠い地平線の彼方に
存在するように思えた。
およそ40年を経た現在、人生とは相変わらず
地平線の彼方なのか、あるいは地の果てで終わるのが
視野に入っているのか。さて、どうなのだろう。

人間は、年月の経過とともに、自己の関心事の
ある方向に向かって、無意識に生き方の重心を移している。
なので、体力や肉体的容貌が人生のほとんどすべて、
という人にとっては、60歳を過ぎてしまうと
徐々に地の果てが視野に入り、人生そのものが
行き止まりになるのかも知れない。

一方、知識や知恵、感性、品性、徳性など
目に見えないものを追い求めている人にとっては、
おそらくは、どこまで進んでも終わりのない旅の
途中ということになるのではないだろうか。

母は年明けとともに89歳になり、同居している義母は
91歳になる。どちらも、人生のある時期には苦難を背負い、
ひっそりと時の過ぎゆくのを待っているかのようだ。
二人とも頭ははっきりしており、母などは
こちらがうんざりするほど、新聞やテレビで見知った
健康の秘訣を延々と講義したがるし、何度も聞いた
昔の苦労話をしたがるし、誰それが持って来てくれた
野菜や果物の微細を説明したがる。

その点、義母は遠慮がちで、何の役にも立たないのに
ただ生きていて申し訳ないと、口癖のようにいう。
母にも義母にも同じ口上で長生きするよう激励している。
「生きていれば年金が入るので、たとえ死んでも
ミイラか塩漬けにして、年金はもらうつもりだから
せいぜい長生きしてもらいたい」
そういうと、二人とも安心したように、そして
心から可笑しそうに声を上げて笑う。

アズナブールのこの曲は、邦題では「帰り来ぬ青春」。
今もまだあるかどうか知らないが、当時は
銀座コリドー街とその近くにシャンソニエが3店あった。
銀巴里は一度しか入ったことはないが、マ・ヴィー、
蛙たち・・・そしてもう1店は、店名すら忘れてしまった。

確かに、青春は二度と帰って来ないと思う。
だけど私の感性は、今なお青春を謳歌していると
勝手にそう思い込んでいる。
いつも遠い地平線をイメージしながら、
足許がふらつき始めた青年は、今日も歩き続けている。
・・・単に、自分に対する激励と強がりではあるが。



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by hirune-neko | 2013-11-07 18:19 | 心の中のできごと | Comments(2)
Commented by 静御前 at 2013-11-09 09:04 x
ご無沙汰しております。
お母さんはお口とは裏腹に、そのお役目を心の支えに
日々を穏やかに過ごしていらっしゃいます。

昨日初雪が降りました(積もることなし)
こんな時は 人生の果てが手を伸ばした直ぐ先まで
来ているようでわびしくなりますよ。
Commented by hirune-neko at 2013-11-09 11:36
静御前 さん

こちらこそ。ご無沙汰をしています。
そうですか、初雪でしたか。
最近は冷え込みが厳しくて、ガスストーブを使い始めました。
最近は外出も億劫になってしまい、中学や高校の同窓会も
気が重くなり始めています。

室蘭の案件が決まれば、北海道にも行く機会が
増えるのでしょうけど、まだ様子が分かりません。
最近、てんこちゃんは、遊びに来ますか?
ネコとはすぐに仲良くなれる自信がありますので、
いつか紹介してほしいなと、思っています。

もう本格的な冬がすぐだと思いますが、
健康でお過ごしください。
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妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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