昼寝ネコの雑記帳

まだまだ終わらない気仙の夏


Astor Piazzolla: Milonga del Angel


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今朝、電話に出ると女性の声だった。
少しためらいがちな感じだったので、
よくある話しなのだが、「絵本の申込期限を
過ぎてしまっているけど、まだ大丈夫でしょうか?」
という問合せかと思った。
「大船渡のママシップなんですが・・・」
意味が理解できず、思わず聞き返してしまった。

説明を聞くうちに、少しずつ状況が把握できた。

2年前の3.11大震災で、子ども関係の施設が
壊滅状態になり、助産師さんである彼女が中心になって
子育てを支援する活動を始めているらしい。
いわゆる、母と子の絆を大事に育てよう、という主旨だ。
正式名称は「こそだてシップ」で、その代表助産師だという。

数日前、地元大船渡の東海新報社が
「気仙の赤ちゃんへの名入れ絵本を寄贈」という
無料の絵本寄贈プロジェクトを大きく記事にしてくれた。
私が名誉編集長を務める出版社・クロスロードが
福祉団体の助成を受けて進めているプロジェクトだ。

その記事には、申し込みチラシの設置場所として、
大船渡市役所、陸前高田市役所、住田町役場それぞれの
関連施設と東海新報社の4ヶ所が記載されている。
彼女が中心になって運営されている「こそだてシップ」には
たくさんのお母さん達が来ており、また2〜3歳のクラスも
併設しているということだった。

「気仙の赤ちゃん」の対象は、今年の1月1日から
年末12月31日の間に、気仙で産まれた赤ちゃん、それと
気仙在住の皆さんのお孫さんが、他県で生まれた
というケースも含まれている。
お兄ちゃんやお姉ちゃんには、「被災者の方への寄贈絵本」
のアイテムに「子育て応援版」とうのがあり、そちらから
名前を入れた絵本をプレゼントできる。

市役所や新聞社に置いている申し込みチラシを
「こそだてシップ」に通って来ているお母さん達のために
置かせてもらえないだろうか、というのが電話の主旨だった。
なので、ためらいがちな感じの声に聞こえたのだろう。
「気仙の赤ちゃんへの寄贈絵本」用のチラシ200部と
「被災者の方への寄贈絵本」用のチラシ100部を
発送した。明日の夕方には届くはずだ。

すでに絵本の申し込みが始まっている。
あるおばあちゃんは、申し込み書の通信欄に、
「津波は全てを奪い去って、何も残っていません。
でも、娘に孫が生まれたので、宝のようなものです。
大切な思い出として、孫や娘夫婦の名前が入いる
絵本を申し込みます。」
と書かれていた。

思い返せば去年の5月。
北海道・札幌を起点に、福島県・いわき市まで、
15社の新聞社を駆け足で回り、記事掲載のお願いをした。
15社のうち、11社が記事にしてくれた。
しかし、縁とは不思議なもので、
大船渡の東海新報社には、その後もこうして新規の
プロジェクトにも、協力をいただいている。
明日の新聞に、記事ではなく広告の形で
「気仙の赤ちゃんへの名入れ絵本を寄贈」プロジェクトを
掲載するので校正してほしい、とファックスが届いた。
手に取った瞬間、わが目を疑った。
メモを見ると「全3段・1面」と書いてあり
なるほど、どでかい広告に仕上がっている。
つまり、第1面の下部に、3段幅でしかも
左右目一杯の大きさの広告という意味だ。

年間広告費は払っているが、大した金額ではない。
「連続広告の第1回目だから、大きくします」
と、電話口で説明してくれた常務の言葉を思い出す。
大きく、とは聞いていたが、まさかこんなに大きいとは
夢にも思っていなかった。

大船渡銘菓「かもめの玉子」が好物だし、
書きかけの舞台作品「気仙しぐれ雪」の舞台が気仙だし、
その主役の女の子の指す独創的な将棋が「気仙流」だし、
まあ、そう考えてみれば、私自身もずいぶん
気仙地域に肩入れしているのは客観的な事実だ。
でも、煎じ詰めれば、気仙の人たちの人間性に
大きな魅力を感じているというのが、一番の理由だと思う。

3.11の爪跡は深く、癒えるまでには年月がかかると思う。
寡黙にじっと耐え、周りの人たちの痛みを知って
自分自身の傷を隠して身を粉にし・・・言葉には出さないが
そんな心情が痛いほどよく理解できる。
気仙の夏は、まだまだ終わっていないことを実感する。



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by hirune-neko | 2013-08-21 23:55 | 心の中のできごと | Comments(10)
Commented by papabubure at 2013-08-22 08:10
これまでの御努力を知ってますから、本当に嬉しい評価ですね。
その記事を見たいですね。
Commented by hirune-neko at 2013-08-22 12:42
papabubureさん

有難うございます。
遠隔地で表面だけを見ていたんだと
そう思わせることが連続して出てきています。
津波だけではない、それぞれの苦難を知り
本当の意味の支援は何だろうかと考えさせられています。
でもそれは、全国どこでもありうる普遍的な苦難でもあります。
Commented by ナルカカ at 2013-08-27 23:05 x
私は311の被災者夫婦です。今年の4月に息子が産まれました。昨日友達からメールで絵本のこと教えてもらって、ここを見ました。( ^∀^)震災後に産まれるなんてほんとにラッキーな息子だと思います。旦那は桜の木に二時間ぶら下がって、生き延びました♪明日大船渡の市役所に行ってこようと思います。それでは♪
Commented by hirune-neko at 2013-08-27 23:56
ナルカカさん

あらら、大船渡の方なんですね。
よくこのブログに辿り着かれましたね。驚きました。
ときどき気仙について書いていますが、
気仙の人でここを読みに来る人はいないので、
と断って、いいたい放題でしたが、少し自重することにします。

桜の木に二時間もぶら下がっていらっしゃったんですか?
いやあ、奇跡的な生還でしたね。
これまで以上に、ご主人を大切にしてあげてください。
で、今年の4月に息子さんが?
いやあ、それはおめでとうございます。
申し込み書は市役所ではなく、警察署近くの
保健センターですから、そちらにいらっしゃってください。
近くのそば屋さんの「千秋庵」は、美味しかったですよ。
今度大船渡に行ったら、また食べに行きます。
Commented by ナルカカ at 2013-08-28 03:28 x
その息子に夜泣きで起こされて、寝れなくなりました(笑)福祉センターでしたか♪市役所に行くところでした。( ^∀^)もし、旦那が桜の木に助けてもらわなければ息子も居ませんでした。あたしも大船渡にいれたかどぉか…実家も自分のお店も流れてしまったので。ほんとに奇跡ってあるのかもしれませんね。美味しいそばやさんなら、老舗のほばらやさんに父親が週4位で行ってます(笑)
Commented by hirune-neko at 2013-08-28 10:56
ナルカカさん

寝る子は良く育つといいますから、お母さんはかわいそうだけど、
しばらく忍耐をお願いします。
娘さんが生まれていたら、名前は「桜子」が良かったですね。
息子さん、「桜男」でも良かったかな?
「ほばらやさん」は、今度行ったときに探してみます。
絵本の申し込みを楽しみにしています。
Commented by ナルカカ at 2013-08-28 13:09 x
何回もコメント失礼します。( ^∀^)今日はベビ男の予防注射&4ヶ月検診なんです。14時に行って帰りに福祉センター寄ろうかと思ってます。絵本楽しみだな~今はばぁちゃんにダッコされてご機嫌だけど、4箇所も注射するなんて、夢にも思ってないでしょう( ^∀^)
Commented by hirune-neko at 2013-08-28 13:47
ナルカカさん

何回でもどうぞ。
インターネット環境をお持ちなのですから、以下のページから
申し込みができますよ。もっと早く気がつけば良かったです。
http://www.crossroads.co.jp/index.php?go=xGqx9n

携帯サイトなら
http://www.crossroads-mobile.xii.jp/index.php?%B5%A4%C0%E7%A4%CE%C0%D6%A4%C1%A4%E3%A4%F3%A4%D8%A4%CE%B3%A8%CB%DC%A5%D7%A5%EC%A5%BC%A5%F3%A5%C8

どちらでもお試しください。
Commented by ナルカカ at 2013-08-28 18:00 x
お言葉に甘えて( ^∀^)PC は津波で流れてからみなし仮設なので繋いでないです。スマホなのですが最近調子が悪いので、買い替えなきゃです。福祉センターが車で5分なので行けます♪今日は注射でベビ男が地獄のように泣いたので、帰って来ちゃいました。明日行けたら行ってみます。あたしもブログとか書いてみようかな~ベビ男の成長もわかりやすいし♪それでわまた来ます♪
Commented by hirune-neko at 2013-08-28 18:10
ナルナカさん

地獄の号泣でしたか。それは大変でしたね。
でも、注射されてケタケタ喜んだら不気味ですよね。
正常な証拠ですよ。
またいつでもお越しください。
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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