昼寝ネコの雑記帳

やはり無国籍人間だと思う

Diana Krall - Every Time We Say Goodbye



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疲労が過度に蓄積すると、音楽を聴くにも
気力と体力を要することが分かる。
曲想を吸収消化して、ある種のイメージを
脳内で創り出すことが苦痛になってしまう。
なので、そんなときは、楽に聞き流せる音楽しか
受け付けない。
その点、Diana Krallの音楽には、鎮静効果がある曲が多い。
同じ曲でも、エラ・フィッツジェラルドやビリー・ホリデーが歌うと
そうはいかない。
とても重い曲になってしまい、消化不良を起こす。

iPadが存在しなかった頃は、CDで音楽を聴くしかなかった。
知人から教えてもらったDiana KrallのCDを数枚購入し、
繰り返し繰り返し、何度も聴いた。
なので、この曲を聴くと、その当時の心象風景が甦る。

真冬の、雪に埋もれた札幌。
心臓の手術で入院した、母の留守宅に滞在し、
延べ半年は過ごしただろうか。
大急ぎで事務用の机とコンピュータやプリンタを購入し、
光ケーブルを引いたので、ネット環境は整った。
でも、半年間も会社を留守にして、よく仕事がつながったと、
今になって思う。
その期間に、札幌の数カ所と岩見沢の産婦人科病院に
何度も営業で訪問し、二カ所と契約できた。
6年目になるが、今でも大事な納品先として存続している。

半年間、何を食べていたのだろうか。
ちょっと思い出せない。
母の知人や友人が、入れ代わり、差し入れてくれたのは
覚えているし、料理が面倒で、パン屋さんで購入したりで
とにかく、もともと食べ物にはこだわりがないので
なんとか生き延びることができたようだ。

人間関係は希薄だった。
誰とも個人的な関係で会うこともなく、とにかく
寡黙に生活していたように思う。
結局は、独りの空間で音楽を聴き、レンタルで映画を観て、
ブログに短編のストーリーを書いた。
営業の足が必要になったため、
亡き父の従姉妹が車の購入資金をカンパしてくれたので、
石狩の海辺や、小樽の運河を見に行ったりもした。
運転中は、ほとんどDiana KrallのCDを聴いていた。

周りの人たちとは、すべて日本語で会話できたので
対話に不自由はなかった。
そういえば、仕事で海外に行くと、少なくとも
数週間は何都市にも滞在した。
英語、フランス語、ドイツ語を話す人たちに囲まれたが
実質的には英語で商談したので、不自由はなかった。
同様に、プライベートで会う人は皆無で、
商談が終わったら、また自分独りの時間に戻る毎日だった。

今ではもう、海外に出かけることがなくなってしまったので、
どっぷりと国内の日本語環境に浸かっている。
不思議なことだが、言葉や食べ物の違いはあっても
私にとって、どの国のどこの都市に滞在しても、
あまり大きな違いを感じることはなかった。
あるときふと、自分が国籍にこだわりがなく、
いわば「無国籍人間」だと自覚するようになった。
つまり、人種や国籍に関係なく、その人間の「生地」を見て
判断する習性が、いつの間にか身についていたのだと思う。

海外滞在中に体調を崩し、深刻な状態になったときに、
担ぎ込まれた病院で、どう説明すればいいのか、という
不安はあるにはある。世界6カ国語で症状を説明できるよう
勉強する・・・そんな気力はもうない。そうなったらなったまでだ。
いや、別に今さら、飛行機で海外を飛び回るつもりもない。
数十年前と違って、今ではメールや電話、そして
サイトを活用して、かなりの商談はできると思う。

でも、仕事が一段落して余裕ができたら、行ってみたい国がある。
アルゼンチンのブエノス・アイレス。一度は行ってみたい。
その足で、コロンビアのボゴダも訪れてみたい。
そういえば、北欧には一度も行ったことがない。
もし行く機会があるとしたら、仕事ではなく、取材旅行で
何か、イメージがストーリーとして作品化できるような
そんな旅行をしてみたいと、希望している。

しかし、人生とはそんな風に都合良く行くものではない。
おそらくは、人生カウントダウン中の母が
いよいよ真冬の寒さで体調を悪くし、
ほぼ寝たきりになって、じきに入院となる可能性が高い。
私は長期間、母の留守宅に滞在して、
毎日病院通いをするようになるのだろうと思う。

その頃までに、新しい音楽の発見があるだろうか。
何か、いい作品との出会いがあるだろうか。
あるいはまた、私自身が年間数冊のペースで
新刊書籍を出版できるような環境になっているだろうか。

仮眠して、すっきりした頭なのに、
まだまだ自分の行く末が、明確に見通せないでいる。


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by hirune-neko | 2013-06-09 23:31 | 心の中のできごと | Comments(0)
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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