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昼寝ネコの雑記帳

失うものが何もなくなった瞬間

Astor Piazzolla - Finale (Tango Apasionado)


楽しみにしていた子どもが生まれたが、
数日後に、先天的な心臓疾患のため
その子は、力尽きて天使になってしまった。
周りの景色が、まったく違って見えたと、
その両親は記していた。

双子の女の子が生まれたが、
翌日、突然二人とも一緒に天使になってしまった。
いくらカウンセリングを受けても、
心の痛手は癒やされなかった。
そう、母親は記していた。

失うものは人それぞれ違っていても
失いたくないものが突如崩れ去り、
目の前のすべてが風化した瞬間、
人は何を思うだろうか。

私の場合・・・
まるで狡猾な詐欺師にだまされていたことに
全てを失ってみてようやく気がついたように、
突然、腹の底から可笑しさがこみ上げて
思わず笑ってしまった。
そして情けなさが眼の奥から溢れ出て、
すべてが振り出しに戻ってしまった・・・虚脱感。
そんな印象だったのを憶えている。

そのとき、ふいに口から出てきたのは
なんとも滑稽なことに
「網走番外地」という歌だった。
なんとなく、すべての原因である自分が
まるで犯罪者のように思えて自虐的になったのか、
今、思い返しても脈絡のない反応だった。

人生はもう終わった・・・
そう感じる経験は、しないにこしたことはない。
この歳になって、学んだことの一つは
人生はその場所から新たにまたやり直せるものだ、
という事実だ。

自らの命を絶つことなく、
自分自身の存在の重さを支えながら
静かにひっそりと生きている・・・。
失ったものをふと思い出し、
徐々に薄れている悔悟の念を時折思い起こし、
なんの希望も見出せない明日に向かって
来る日も来る日も、その一日ごとを
重く生き長らえている人が存在する。
実際に存在している。

こうしてピアソラの曲を聴いていると
曖昧な笑みのヴェールで過去を包み
ひっそりと生きている女が
薄暗い部屋の隅に姿を現す。

無言の対話によって、女は私に
穏やかな口調で語りかけてくる。
まるで、まだ消え去らない自責の念という重荷を
自分の中から絞り出そうとするかのように。
独りの時に、人知れぬ涙をこらえるかのように。

やがて女は、曖昧な笑みを浮かべ
安堵の表情とともに、暗がりから外の闇に
溶けるように姿を消して行く。
かすかなジャスミンの香りを残して
女は一度も振り返らずに去って行く。
by hirune-neko | 2013-02-22 18:56 | 創作への道 | Comments(4)
Commented by El bohemio at 2013-02-23 10:24 x
昼寝ねこさん
貴方に話しかけた女はボルヘスの詩
ばら色の街角から出て来たのでは
ありませんか、、、
ピアソラの“タンゴ・アパショナード”は
ボルヘスの詩“パラ色の街角の男”を
テーマにして作曲されたと以前に書きました。
ピアソラはこの曲に歌と詩の朗読をつけて、
ニューヨークのある劇場で公演する用意まで
していたが、ボルヘスの詩を使う許可を彼
ボルヘスの相続人マリア・コダマ女史に
拒否された為に音楽のみの発表となつた。
と訊いています。
Commented by hirune-neko at 2013-02-23 12:04
El Bohemioさん

ボルヘスの詩“パラ色の街角の男”・・・なんですね?
知りませんでした。さすがに良くご存知ですね。
ボルヘスについて少し調べたときに、
再婚相手だったかが、日本人女性あるいは
日系の女性と読んだ記憶があるのですが、
それがこの相続人なのでしょうか?

現代は、希望に満ちあふれた時代ではありませんので
せめて、人間の心の中ぐらいは、ときとして
平安で寛げる感動で満ちてほしいと思います。

いつも、教えてくださり、有難うございます。
Commented by El bohemio at 2013-02-24 00:56 x
昼寝ネコさん
ボルヘスの“バラ色の街角の男は”の詩は1960年の作品でピアソラが音楽を添えてレコード化されたのが1965年ですね。この“タンゴ・アパショナード’の曲どの様なモチーフにより作品化されたのかわかりませんが、
この“バラ色の街角の男”は短編がマリア・
コダマ女史の手により活字化されています。
詩を深く描写したかなり長い描写の内容です。
コダマ女史は父親が日本人。母親はドイツ系
でピアニスト演奏家を目指していた為にマリア
が3歳の時に離婚した。彼女マリアは文学的
才能が優れていたらしく小説家を目差してい
たらしい。
ボルヘスとは少女時代に知りあい、彼の秘書
としてボルヘスが失明した後、全ての作品を
活字化したのが彼女です。
又、ボルヘス記念財団の主催者でもあるわけです。
これ等はインスタントに仕入れたデータです。
Commented by hirune-neko at 2013-02-24 16:12
El Bohemioさん

なるほど、教えていただいて有難うございます。

外国語で書かれた文章は、文法的に正しく、
意味も正確に翻訳されていればいいのでしょうが、
創作や、ましてや詩になると、翻訳者の感覚と語彙力に
大きく左右されますね。
私も、仕事で商品化している絵本も
インターネット時代ですので、多言語化しようかと思っていますが
外国語に翻訳された文章の質を、自分で判断できないため
踏み切れないでいます。興味はあるんですけどね。
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妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在

by hirune-neko
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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