昼寝ネコの雑記帳

やはり木曜日はハードな一日だ


Bill Evans Trio - Blue in Green (Take 3)

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 半世紀ほど前に出会ったビル・エヴァンス。高校生という年代と感性で、果たしてどのようにエヴァンスの演奏に引き込まれたのだろうか。謎である。エヴァンスの演奏の特長のひとつは、スロー・バラードで始まる曲が多いが、ほとんど途中から感情が高ぶったかのようにアップテンポになる、という点だろう。そして再びイントロのスローな静けさが甦る。

 ビル・エヴァンスのプロフィールについては、一度何かで読んだ程度なので明確に思い出すことはできない。薬物依存で自殺願望のような生き方、というイメージが残っている。演奏そのものには、張り詰めた緊張感があり、独創的な音楽世界が構築されている。常に感性が研ぎ澄まされ、妥協のない美意識に溢れてもいる。風景も、田園地帯や海岸ではなく、マンハッタンの裏通りの雑踏が似合う。論理と感覚が絡み合って一体化し、直感的な洞察力に満ちている。真夏をイメージさせる曲は少なく、秋から冬、そして春先の心象風景のように聞こえる。

 これまで、イラストや写真を見て即興的に短編作品を書いたことはある。しかし、音楽を聴きながら作ったことは数えるほどしかない。例外なく、ピアソラの作品だった。ピアソラにも独自の音楽的世界があり、登場人物の姿が見えたり、さらには半生の航跡までが伝わってくることもあった。

 登場人物の精神的航跡は、自分自身の記憶している小さな世界には収まりきらない。過去に観た映画や読んだ小説の主人公と対面し、それらが疑似体験として蓄積されているような気がする。自由な時間があるときは、想像力や妄想力が小さな種を膨らませることもある。架空の人物が、あたかも実在するかのように命を吹き込まれる。

 改めてビル・エヴァンスとアストル・ピアソラを対比させてみた。エヴァンスの曲想から浮かび上がってくる人物は、極めて内省的であり、したがって内面世界が拡がる。一方、ピアソラの曲想からは、体躯や体温を感じさせ、しかも具体的・動的なストーリー展開が思い浮かぶ。今ふと、過去の作品で、アメリカ東部から中西部に移り住んで来た、近所付き合いの悪い、無愛想な老女を主人公にした作品を思い出した。確か「クリスマス・ロースの墓」というタイトルだったと思う。あの作品には、誰の曲を使っただろうか。大体のストーリーは憶えているが、音楽までは記憶にない。興味があるので、ちょっと確認してみたい。

 アハハ、エヴァンスでもなくピアソラでもなく、ナンシー・ウィルソンが歌う、「クリスマス・ワルツ」を使っていた。思ったより短く、しかもクリスマスの時期かと思ったら、2013年のまだ暑い8月に書き上げていた。もう少し詳細な描写を加えて、長くした方がいいようだが、気に入っている作品のひとつである。

 今日から11時前に寝るつもりでいたのだが、納品書に誤記載があるとか、直送が増えたから納品書の色を変更してくれとか、なんだかんだで深夜1時になってしまった。健康のためには、深夜ブログから早朝ブログに引っ越すべきなのだろうが、どうも一日の脳内疲労をクールダウンするには、そしてあくる日への鋭気を養うには、一日の最終章としてブログに向かうのが、とてもいい感じになっている。

 とにかく忙しさが加速している。地元の産婦人科病院に加え、一緒に仕事をしている次男がネットから新規開院の産婦人科2カ所を見つけたので、即対応している。全国の産婦人科名簿から分娩しているかどうかをチェックし、リスト化するのを知人の息子さんにお願いしている。何年もかけて準備してきた、産婦人科へのウェブ・マーケティングにトライする準備が整いつつある。

 エヴァンスでもなくピアソラでもない曲を使用した作品を、以下にご紹介させていただく。人生の陰影が見え隠れする主人公が、モチーフになっている。

【クリスマス・ローズの墓】2013/08/26


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# by hirune-neko | 2018-01-19 01:34 | 創作への道 | Comments(0)

雨上がりの静けさに浮かび上がる、寂しげなカレンダー


Bill Evans - Never Let Me Go


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 外出から帰ったが、ふたつの緊張するミーティングに出席したせいか、集中力が低下してしまった。ぼんやりとパソコンの画面を眺めていたら、「誕生日」という文字と一緒に、明日の日付が表示された。一瞬、誰の誕生日なのかと思ったが、明日は亡き母の誕生日だった。生きていれば、94歳を迎えたのだろうか。

 まだ納骨を済ませていない。一番奥の部屋の、小さな座卓に安置したままになっている。一体いつになったら納骨するつもりなのか、部屋に入ってきても声もかけない、とうとう私の誕生日も忘れてしまったのか・・・などなど、いくもの小言が聞こえるようだ。昨日だったか、母との電話の会話をブログに記したのを目にした。当時は笑って読むようなやりとりだったが、改めて読み返すとある種の喪失感があるのを自覚する。

 亡くなる1年ちょっと前の会話だが、思い出に一部だけを再掲載したい。自分の作った短歌なんて、ドロドロした感情のはけ口だったから、人に見せる価値はない。死んだらそのまま燃やして灰にしてほしい・・・と言い張る母をおだててなだめ、本人も徐々にその気になった頃のやりとりである。

【老母との深刻な会話〜その2】
(転載開始)
 前半省略
母:いや、だからつくづく短歌のいい先生に学んでれば、
  もっとちゃんとしたのを作れたのにと思ってね、
  こういうのを書いてみたんだけど、最後の部分が
  どう表現していいか、思い浮かばなくて。
私:いってみな。
母:うん。
  「師につきて学びし歌にあらざれば
   書き残さるるは○○○○○○○」
  この○○○○○○○の部分が、「心に重し」だと
  ちょっと情感に欠けるなと思ってね。
私:なるほどね。(2秒考えて)じゃあさ、
  ○○○○○○○の部分は「面(おも)はゆくあり」
  なんていうの、どう?
母:ああ、「面(おも)はゆくあり」ね。悪くないね。
  (2秒間を置いて)うん、いいね。それに決めたわ。
私:そう。じゃあさ、この短歌は親子の合作ということに
  してもらうからね。
母:きゃはは。

とまあ、いつ逝くかもしれぬ老母と、
その老母より先に逝くかもしれぬ、
親孝行か親不孝か判然としない息子との、珍しくも
文芸的なやりとりに終始した時間だった。
(転載終了)2014/01/25

 母のケアマネージャーとして、最期まで寄り添ってくれた女性から、数日前にメールが届いた。インフルエンザでダウンし、高熱状態だというのに、母が何かの紙に書き残した短歌が出てきた、といってメールで送ってくれた。以下に紹介させていただく。


出先より子の送りきし京菓子をふくみて胸の温かくなる

暑きなかを仕事先より送られし品よく美味なる京の手瑠璃

小さき菓子大けき愛のこもりいてしばし至福の時を過ごせり

苦しみを逃るる我の苦しみを背負いて生きむ子の行く末を(思いやる)


 いつ頃の作品か分からないが、仕事で京都に行ったというのなら、かなり昔のことになる。当時は大阪大学、同志社大学、京都大学へ営業でたびたび訪れた。グリーティング絵本を商品化する前なので、少なくとも15年以上前のことだ。無謀な営業手法だった。大阪大学は紹介者があったが、他は飛び込みだった。結局、契約には至らなかった。その後、絵本の営業で大阪、奈良、兵庫と回ったが壊滅状態だった。すっかり営業に対する自信を失い、その後は北海道から関東までだけを視野に入れるようになってしまった。そんな頃のほろ苦い心象が思い出された。

 しかし、真夏の暑い時期に営業活動で辛酸をなめながら、母に京菓子を送っていたなんて、まったく記憶になかった。親不孝息子だと、いつも小言を言われていたが、これらの短歌を読んでみると、かなり親孝行な息子だったのではないだろうか。生存期間だけ見ると、母方の祖父、父、義父を超えてしまっている。かなり以前から早世の予感と強迫観念に囚われていたのだが、最近は世のため人のため、という考えを大切にするようになっているせいか、天の配剤で、もしかしたら旧訳時代の預言者たちのように、数百歳まで生きるかもしれないと、図々しい妄想をするようになっている。

 Googleカレンダーに登録している母の誕生を削除すれば、来年からは表示されなくなる。それが現実的な判断だと思う。しかし、今のような多忙な生活環境では、母の痕跡を思い出させてくれるのは、唯一Googleカレンダーぐらいのものだろうか。改めて、母の遺作集を出版しようと心を新たにしている。そのためにも、カレンダーからの削除はしないでおこうと思う。


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# by hirune-neko | 2018-01-17 23:58 | 心の中のできごと | Comments(0)

Stacey Kentを聴きながら、深夜2時を過ぎてしまった


Stacey Kent - O Barquinho, from the album, "The Changing Lights"

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 夕方から納品書を作成していた。こんなに時間がかかるとは思っていなかった。現在はExcelで作っているのだが、取引先の件数が増える予兆があるのと、入力ミスやうっかりの勘違いがあると、請求金額に誤りが出て信用問題になるので、データベースソフトの4Dに切り替えることを考えている。まずは一通り自分で作業の流れを把握しようと考え、先月から作業をしている。4Dはかなり高度なソフトのようなので、難易度は高いと思っている。本当は専門家に外注すべきなのだろうが、どうしても技術を習得したいと、またまた無謀なことを考えている。

 この時間までずっと、Stacey Kentのアルバムだけを聴いていた。何枚聴いただろうか。神経に障らないので、眠気覚ましにちょうど良かった。

 明日は午後一番から、都心でのミーティングがふたつ連続している。多少の資料を作成する必要があるので、もう寝ないときつくなってしまう。

 何も内容の無い文章を書き連ねるのは、せっかくお越しくださった皆さんに大変申し訳なく思うのだが、体調を崩したくないのでこれにて失礼させていただく。

 今日、ひょんなことから、亡くなった母との電話のやりとりを記した記事を読んだ。生存していれば笑い話になるような内容なのだが、故人となった今、改めて読むと・・・どう表現していいか分からない感情が湧いてきた。知人にお願いして母の遺した短歌を、テキスト化してもらっている。「名もない歌人の遺せし歌」という感じで出版を考えている。さて、問題は私が実名であとがきを書くべきか、昼寝ネコの名前で書くべきか、まだ迷っている。実名だとなんとなくシリアスな感じになるように思う。昼寝ネコの方がいいかなと、まだ結論が出ていない。母との会話を記した部分は、長いあとがきとして収録したいと思った。

 さて、書き出すと止まらなくなってしまうので、本当にこれで休ませていただきたい。


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# by hirune-neko | 2018-01-17 02:47 | 心の中のできごと | Comments(2)

午後11時少し前、寒さをこらえ道ばたにうずくまるネコを目にした

This happy Madness:Stacey Kent

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 午後11時少し前、いつものように第三京浜に向かって歩いていたら、街頭の明かりにほのかに浮かび上がる小動物が目に入った。思わず立ち止まり、声をかけた。この冷え込む遅い時間にどうしたのだろうと思った。声をかけたのだが、まったく反応せずピクリとも動かない。生後1年程度のネコだと判断した。全身がキャメルカラーの短い毛に覆われている。何度も声をかけたが、もしかして凍死しているのだろうか心配になり、そっと頭を撫でた瞬間、反応して身体を動かした。瞬時だったが顔つきを見たら、ネコではなかった。怪しげな小動物かと思ったが、明らかにワンちゃんだった。こんな優しい私なのに、警戒したと見えて植え込みの方に入ろうとした。

 今日は日中、3千歩を歩いていたのでいつもよりは歩数が少なくていい。ほとんど第三京浜の少し手前で歩数を確認し折り返した。歩きながら、あのワンちゃんは、まだあそこにじっとしているのだろうか、こんな遅い時間に、しかも寒空の下で捨てられたのだったら、どれだけ悲しく寂しく、心細い気持ちだろうかと、勝手に想像した。もしまだ道路脇でうずくまっており、通りかかる私に「クーン」という切ない声をかけたら、拾って家に帰ろうかと考えた。ネコならためらいはなかったと思うが、人生の晩年でワンちゃんと暮らすのもいいかなと考えた。

 しかし予測に反し、ワンちゃんの姿はとうとう見かけなかった。

 今日は歩きながらずっと、Stacey Kentのアルバムを聴いていた。そこでひとつ発見したことがある。セミナー形式の、外患罪がどうとか共謀罪がどうとかの話しを聴いていると、それだけに集中して必死で頭の中に詰め込もうとしている。一方、耳当たりのいい音楽を聴いていると、自然に脳内が開放され、いろいろなイメージが拡がる。あるときは創作ストーリーの主人公が現れ、身の上話を始める。あるいは、営業手法や出版企画が思い浮かぶ。つまり、自由な発想で何かを創出する必要があるときは、決して人の話す言葉を聴いてはいけないということに気づいた。そんなことは当たり前だと言われそうだが、今日の今日まで気がつかなかった。

 かなり前から、対応案件を記憶に頼れない状態になっており、見落としが多発している。まずはタスク管理ソフトの利用法にある程度習熟することを、最優先しようとしている。今日、Google検索したら、日本語の解説サイトをいくつも見つけた。収穫だった。

 マニュアルのない、未開の分野に踏み込んでいるようなものなので、ときどき飽和状態になって自信と気力が低下することがある。しかし、辛抱して取り組んでいれば、それらの労苦はいつかきっと血となり肉となる。そう思っている。艱難は忍耐を生じ、忍耐は練達を生じ、練達は希望を生ずる・・・のである。私の座右の銘である。


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# by hirune-neko | 2018-01-16 01:19 | 心の中のできごと | Comments(0)

今日も外歩きは寒かったが、行ってきた


Bill Evans Trio - Elsa

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 最近はある種の強迫観念を持ってしまう。日曜日でも、億劫でも、寒くても、歩くのを怠る習慣に埋没してしまうと、不健康な体質に逆戻りしてしまう。そんな強迫観念だ。できれば早朝起きて歩けるようになればいいと思う。しかし、今日中に処理しなければいけない案件があると、どうしても夜までかかってしまう。

 音楽的嗜好が少し変わったのか、最近はビル・エヴァンスの演奏がしっくりするようになっている。appleミュージックで何枚ものアルバムをダウンロードしたが、改めてじっくり聴いてみると、知らない曲がかなり多いことが分かった。ある意味では、嬉しい新発見がある。

 先刻、ふと思い浮かんだ言葉がある。「異端児」だ。ピアソラのような「反逆児」ではないが、その場の空気を読まず、相手の反応を気にせず、自説を明確に述べるという点で、私は日本では異端児なのかも知れない。少なくとも、アメリカでは当たり前のごく自然な姿勢だと思う。欧州で仕事をした期間は、アメリカと較べればずっと少ないものの、基本的にはしっかり自己主張をしたように記憶している。誰も気を悪くしたと思わないし、却って旗幟鮮明にした方が自分の考え方や立ち位置が良く伝わると思う。しかし、残念ながら日本では異端児扱いされるだろう。日本社会も世代交代、国際化が進んでいるので、まあなんとかこのままでいいのではないかと、呑気に構えている。

 今日のウォーキングで、チャンネル桜の番組を聴いた。主催者の水島総氏とインテリジェンスで著名な中西輝政氏の対談だった。安倍総理の日韓合意に対する否定的な論調が主軸だった。水島氏は、田母神俊雄氏の訴訟の件で批判を浴びたし、余命三年時事日記でも否定的な記事があった。私は時間をかけて精査していないので、判断は保留するが、改めて政治の世界はなかなか真相が見えにくいと思った。ただ、戦略的に組み立てを考え実行する首相の立場と、表象で把握できる情報を見て論評する人間との間には、相当の距離があるように思う。将棋でも、飛車や角などの大駒をただで取らせる局面がある。傍目には、なんだ勿体ないとなるが、そこで捨て駒をしても最終的に相手玉を寄せきれば勝ちなので、捨て駒は悪手なのではない。そこが当事者と評論家あるいは学者との違いだろう。

 今日、アップルサポートに電話した。将来、情報収集と分析を手伝ってもらう人たちと、どのように情報を共有するかを具的に考えてみたが、不特定多数の皆さんとiCloudを共有する方法があるかどうか質問してみた。私たちは、基本的には公開情報から収集するので、機密情報は存在しない。結論は、相手にiPadを支給し、そこでApple IDを取得してもらい、こちらはAppleのサイトからそのIDでログインすれば、いくつでも増やせるとのことだった。とても便利な情報共有方法である。それに加え、タスク管理ソフトでプロジェクト管理ができるものがあるという。これまでは、自分自身のタスク管理しか考えていなかったが、何人かのチームで、作業の進展状況を共有できれば、それはそれで有用なことである。焦らずに、じくりと仕組みを考えていきたい。

 遅延案件も残りひとつとなっている。なんとか手を付けて終わらせたい。終わったら自分への慰労と褒美を兼ねて、湘南の海を見に行きたいと思っている。


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# by hirune-neko | 2018-01-15 01:13 | インテリジェンス | Comments(0)



妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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