昼寝ネコの雑記帳

休日返上で、とうとう午前2時になってしまった


Jim Tomlinson & Stacey Kent - What Are You Doing The Rest Of Your Life ?(from the Lyric)

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 ほぼ16時間労働で、ようやく一段落したところである。明日は朝から都心でミーティングがあるため、これ以上は無理をせず休ませていただく。

 ずっと音楽を聴きながら作業をしていたが、このStacey Kentのヴォーカルは個性的で味がある。ご紹介くださったCausalさんに、改めてお礼申し上げる。

 おそらくは史上最短の記述になると思うが、無理をせずこれにて失礼させていただく。読者の皆さまも、これからの人生を有意義に、そして健康安全にお過ごしいただきたい。

 What Are You Doing The Rest Of Your Life?


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# by hirune-neko | 2017-11-24 02:10 | 現実的なお話し | Comments(0)

昼寝ネコの箴言 本編第1章 〜旧約テイスト

Astor Piazzolla - Viaje de Bodas

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 地が騒然とする直前に忽然と現れる、この箴言を目にする者は幸いである。世の中が数々の噂や虚言に満ち溢れ、真理が覆い隠されるとき、多くの人々は偽りの預言者とその陰謀によって、闇の深みに導かれる。闇の中には光がなく、従って希望も存在しない。それまで所有していた豊富な金銀財宝は朽ち果てて、瞬時に蛆(うじ)の住処となる。声をかけても応える人がなく、勝ち誇り蔑む笑い声のみが、闇の中に響き渡っている。

 その日、世界の耳目が東の果ての小国に注がれる。その国の王は金箔を身に纏ったまま、世界の国々に対して高らかに恫喝の雄叫びを上げる。国民は飢えに苦しみ、餓死の恐怖とともに絶望の淵に沈む。勇ましいはずの兵士の腹は寄生虫の住処となり、士気が失せる。圧政と暴虐に満ちた小国は、やがて数奇な運命を辿る。

 世界平和のためと称して、ともに敵対する大国の王たちは一堂に会する。大胆な東の国の王、狡猾な南の国の王、そして深謀遠慮に富む北の国の王それぞれは、自国の砦とするために小国を影響下に治めようと策をめぐらす。密偵が蠢き、それぞれの王は主導権を握るための策謀を命じる。

 小国とは大海を挟んで対峙する黄金の国では、国王が中心となり心ある国民の多くが一丸となって、国内外の敵対勢力を削ぎ落とすために知恵を絞る。善と正義に満ちた神聖な力は国全体に及び、国を滅ぼそうと企てていた悪人たちは、国を追われて行き場を失う。

 知恵ある者は耳を澄まし、地の底から響く勧告に耳を傾けるべきである。善良な者は目を開き、天から降ってくる古代の預言者たちの言葉に目を留めるべきである。ああ、地が荒廃しようとするそのときに、人は何に頼れるだろうか。金銀財宝だろうか、地位や過去の名声だろうか。動乱の国土を彷徨い、行き場を失った荒廃の地で、ひと抱えの純金を持っていたとしても、それが一体なんの役に立つだろうか。過去の誉れや地位が、一体何の役に立つだろうか。

 知恵ある者、善良な者は自らの心に尋ねるべきである。混乱する時代が到来する前に、人間にとって真に価値あるものは何か、という問いに対する答えを、自らの心に問うてみるべきである。人間は生まれる前、即ち霊として存在していた前世で、すでにその真理を心深くに刻まれていたのだから。

 長い忘却と苦難の道を経て、大地が終焉の渦に呑み込まれる前のこの時期にこそ、改めて耳を澄まし目を開いて、自己との神聖な対話を重ねるべき時が満ちている。長い旅路の果てに、還るべき本来の場所がどこにあるのかを見つけること、それが人生の崇高な目的であると確信できれば、たとえ地に暴虐が満ち、荒廃しようとも、人の心には決して損なわれることのない、平安と安息が満ちるのである。

(創作メモ)
 ちょっぴり旧約時代の、見習い預言者になったつもりで書いてみた。実際に、イザヤやエレミヤなど旧約時代の預言者の記述を読むと、明らかに現代の我々に対して告げる内容になっている。そこで日頃から、国家のインテリジェンス、個人のインテリジェンスに加え、神学的インテリジェンスの必要性を感じている次第だ。ファミリー・インテリジェンスという概念は、世界中で誰も視野に入れていないようだ。ましてや、神学的インテリジェンスだなんて公言しようものなら、変人扱いされることは間違いないだろう。しかし、そのようなことは一向に気にしない性格なので、我が道を行く、である、改めて、ピアソラの曲想の根幹にある独自性、特異性、妥協を許さない心意気・・・そのような部分に共感を持っているのだろうと思っている。


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# by hirune-neko | 2017-11-23 00:01 | 創作への道 | Comments(0)

まるで実在しないかのような女性ヴォーカル


Pascale Lavoie - Change partness - Female Voices 097

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 先日、読者のCausalさんから教えていただいたPascale Lavoie/パスカル・ラヴォァ。低く独特な声質の歌に惹かれ、アルバムを探してみた。ところが、appleミュージックで検索してもiTunesストアで検索しても、見つからない。今どき、そんなことがあるのだろうか。不思議な歌手である。Please belong to meという曲が収録されている、同名のタイトルが見つからない。さて、どうしたものだろうか。

 大阪・池田から演奏に来てくださる、池田クレモナ・モダンタンゴ五重奏団のコンサートが、いよいよ今週の土曜日に迫っている。当日のプログラムを作らなければならず、なんとか試作を終えた。クレモナの皆さんには、パリ在住の世界的に有名なネコのグラフィックデザイナー、その名もラング・ド・シャに無理をお願いして作ってもらった、と説明している。またいつもの冗談が始まった、と相手にもされていないと思う。

 以下に労作のプログラムの、表1部分だけをご紹介させていただく。もう何年も前に、いつかピアソラだけのプログラムでコンサートをプロデュースしたい、と書いた記憶がある。ん十年前には、ほとんどクラシックだけのサロンコンサートを主催していたが、こうしてとうとう念願の、ピアソラ作品だけのコンサートをプロデュースすることが実現し、我が人生の佳き思い出になった。・・・まだ終わっていないので過去形では書けないが、あとは無事に終えられることを願っている。
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 ん〜、こうして改めて見ていると、さすが世界的に有名なネコのデザイナーの作品である。まるでセーヌ川に架かる橋・ポン・ヌフの上で、まだ熱い甘栗を頬張っているような、パリらしい雰囲気が漂っているではないか。・・・ん〜、自分でも何を言っているのか分からないが、まあ経費をかけずここまで一人で作業ができたのだから、それはそれでよしとしようと思う。

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# by hirune-neko | 2017-11-21 23:00 | 音楽・映画・本の世界 | Comments(0)

人間の存在を根底から崩壊させる力の存在

Astor Piazzolla - Soledad

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 ほぼ一日中パソコン相手に作業をしていた。ときどき頭の中で断続的に考えていたのは、「人間の存在を根底から崩壊させる力の存在」についてだった。

 人間を成長させようと助ける力もあれば、逆に存在の根底から崩壊させようとする力も存在する。ピアソラの天使の組曲と悪魔の組曲から影響を受けたわけではないが、広い視野で見れば、どうもそのような神学的な意味での闘いが繰り広げられているのではないだろうかという気がする。

 人間が、その存在の根底から崩壊するというのは、不治の病に冒されるという意味ではない。事業に失敗し、莫大な負債を背負ってしまうということでもない。大切な家族を失ってしまうことは、大きな痛手ではあっても致命傷ではない。長年にわたって国会議員として名声を博していたのに、スキャンダルで落選してしまうことでもない。

 いずれの場合も、大きな苦痛を伴うものの、そこで踏み留まって再起への最初の一歩を踏み出すことができるからだ。存在の根底から崩壊するというのは、未来に対して完璧に希望を失い、絶望し、呼吸をする気力すら失せてしまうような状態だと思う。人の声も耳に届かず、真摯な励ましにも心を閉じてしまい、食べることも飲むことも忘れ去り、場合によっては睡魔も感じない。しかし、それでもなおきっかけがあれば、そして正しいと思う方向を促されれば、蘇生する可能性がある。

 つまり、人間という生き物は、どのようなどん底からも這い上がることのできる資質を、生まれながらに与えられていると思っている。それと自分の意思次第で、善なる勢力の目に見えない助けが得られるとも思っている。

 逆に、良心や責任感、正直さを失い、人を憎み妬むことを常とする人間も存在する、人を偽り、踏みつけ、場合によっては平然と人の命を奪う人もいる。そのような人の改心は容易ではないだろう。そのような生き方の延長線上にこそ、存在の根底からの崩壊が待ち受けている。決して後戻りできず、やり直しもできない最後の審判が待ち受けている。

 私には財力もなく、人脈もない。体力も気力も視力も弱まる一方である。しかし、一人の人間として、他者に対しては可能な限り寛容になる努力を継続しようと思っている。状況によっては容易ではないときもあるだろうが、他者の痛みや苦しみに寄り添えるような人間でありたいと思っている。


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# by hirune-neko | 2017-11-20 23:37 | 心の中のできごと | Comments(0)

久しぶりに消耗した一日だった

Barbara ma plus belle histoire d'amour c'est vous

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 なんとか今日なすべき最低限の作業を終えた。かなり消耗していたらしく、途中で何度もうたた寝をしてしまった。手からiPadが滑り落ちるのを感じ、反射的に目が覚めて大事には至らなかった。そんなことが数回あった。

 もう11月も残りが少なくなってきた。しかしなんとか遅延案件に手がつき始めているので、精神的重圧は徐々に快方に向かっている、やれやれだ。

 ふと思い出した曲がある。もう何年も前のことだ。仕事で車を運転し、どこかに営業に行った帰り道だったと思う。あのときは初めて聞く「クミコ」という名の女性シャンソン歌手で聴いた。日本語の歌詞で歌ったので、意味は良く理解できた。原題はフランス語の”ma plus belle histoire d'amour c'est vous”で、ネット上を検索すると、邦題は「私の最も美しい恋物語」となっている。どうも、いかにも直訳表現だと思う。クミコ流では「我が麗しの恋物語」だったのではないだろうか。

 外国語から日本語への翻訳は、とても難しい作業だと思う。その逆もまた然りではないだろうか。翻訳家が日本語に訳す際、翻訳能力が重要なのは当然だが、文法的に間違っていない訳であることは当然としても、日本語としての善し悪しがとても重要だと、個人的にそのように思っている。

 ある感情や感覚的なイメージを表現するとき、どの言葉を使ったら最も適切かを考えて文章は練られる。それを日本語に訳す際に、やはり日本語としての様式美が要求されて当然だと思う。・・・翻訳家の皆さん、生意気を言ってしまいお詫び申し上げる。

 この原題の”ma plus belle histoire d'amour c'est vous”に込められた感情を、全て日本語で言い尽くすとするなら、「私の人生で最も深く愛した人、それはあなた」となるように思う。勿論、歌のタイトルなので長ったらしくてはいけないだろうと思う。全てを言い尽くさずに、行間にイメージを埋め込むことで簡潔に表現する手法が必要なのだろう。従って個人的には「我が麗しの恋物語」の方が「私の最も美しい恋物語」より、数段いいタイトルだと思う。

 なんだか翻訳評論家のような言い草になってしまったが、この曲の歌詞を日本語で味わっているとなかなか大人の恋、そして哀惜、離別の悲しさが伝わってくる。歌詞には火葬場の煙突から出て、空に上っていく相手に対する気持ちを織り込んでいるが、フランスでは火葬をしていないと思うので、日本的に翻案したのだと思う。しかし日本人のメンタリティを巧みに捉えた名訳だと思う。

 ちょっと調べたら、「我が麗しき恋物語 」作詞:覚和歌子 作曲:Barbaraとなっていた。覚和歌子さんという方は、とても秀逸な感性の方だと敬服している。

 フランス人女性は離婚したその瞬間に、「さあ、もっといい男を見つけるぞ」と張り切る、と何かで読んだ記憶がある。私はこれでも精神的にひ弱なので、冒頭のバルバラのような迫力ある女性よりも、クミコのような日本的優しさを感じさせる女性に愛される方がいいなと、贅沢な希望を持っている。

 ここまで書いたのだから、その、クミコの歌う「我が麗しき恋物語 」を以下に掲載する。ご自分の感性に照らし合わせながら、日仏比較鑑賞をしてみていただきたい。作詞をされた覚和歌子さんが、ご自身でフランス語から訳詞されたのかどうか、それはご本人に訊いてみなければ分からないことだが、それは別問題として、とても情感溢れる歌詞に仕上げてくださり、お礼を申し上げたい。

わが麗しき恋物語


あたしは十九で 町でも噂の ちょっとした不良で
わりかし美人の 部類だったから ちやほやされたわよ
眉をひそめてる 大人を尻目に ずいぶん遊びもしたわ
人生って 何て ちょろいもんだって 冷めたまなざしで

あなたがあたしを 好きといったとき 思わず笑ったわ
あんまり真面目で こちこちになって ふるえてさえいたでしょう
そんな男って 見たことなかった それであたしもふるえた
人生って 何て 奇妙で素敵って 少しだけ泣いた

安いアパート 暗い部屋 景気の悪い時代だって
へらないジョーク言い合って ふたり笑えば しあわせで
五年がたったら あたしはやめてた 煙草をまたはじめ
あなたの浮気が 七回目 数え あたしも三回目
視線をそらして 会話も減ったけど どこでもそんなものでしょ
人生って そうよ 退屈だったって 思い出しながら

さもない毎日 半年が過ぎた その日は止まない雨
聞いたこともない 病気の名前が あなたのくちびるから
あたしは壊れた 空缶みたいに 口を開けていただけ
人生って 何て 意味が不明なの いなくなるの あなた

白い煙が昇った日 空はどこまで よく晴れて あたしは泣いた 
自分でも疑うくらい 大声で
愛だったかなんて 誰もわからない 教えてほしくない

とっくに忘れた 昔の日のこと 時々浮かぶけど
ほほ笑みが少し 混じっているなら それでいいと言うわ
人生って 何て 愚かなものなの あとになってわかる
人生って 何て 愚かなものなの みんなあとで気づく


< クレジット >
「わが麗しき恋物語」
作詞 覚 和歌子 作曲 Barbara
2003年 エイベックスイオ IOCD-20045
< コメント >
シャンソンの名曲を覚さんが訳詞。
「覚和歌子の物語詩」の世界がそのまま歌詞になった。
クミコさんの歌声が多くの人を泣かせた傑作。

【作詞図書室より転載】


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# by hirune-neko | 2017-11-19 23:48 | 音楽・映画・本の世界 | Comments(0)



妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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