昼寝ネコの雑記帳

描いたシナリオのシーンが、ゆっくりと展開している


Shirley Horn - "Where Do You Start?”


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 数日前、三男の家に電話した。すると若い女性の声で「どちら様ですか」と、なかなか美しい日本語で質問された。聴き覚えのない声なので、一瞬ボタンを押し間違え間違い電話をかけてしまったと思った。そこで「失礼しました」と言ったところ、電話の向こうで「あっ、じいじだ」と言う聞き覚えのある声が弾けた。三男夫婦の長女で、まだ小学校3年生の子だ。どう聞いても、あの声と口調は20代の女性のものだった。自分で可笑しくなってしまった。

 世の中というのは、単純に見える人にとっては単純なものだし、逆に複雑に見える人にとっては複雑なものとなる。確かに、人生はある意味で、いつ何が起きるかわからない生き物のようなものでもある。功成り名を遂げないとしても、無事平穏に晩年を過ごし、子供や孫達に先立たれず、他人に迷惑をかけたとしても謝罪で済む程度であり、肉体の老化も年齢相応程度であり、食べ物を美味しく食べられ、良い音楽に心酔できて、知識欲も衰えず、価値観を共有できて信頼できる友があり・・・自分のこれからの人生が、そのようなものであればいいなと贅沢な望みを抱いている。

 年に1度の誕生日を迎え、改めてこれまでの人生を振り返ってみた。私たち夫婦には子供が4人いる。それぞれ結婚して家庭を持ち、積極的に努力をしながら必死で道を切り拓いている。不思議なもので、子供たちも孫たちも年齢が毎年変わるので・ ・ ・当たり前だが・ ・ ・それぞれの年齢を正確に覚えていない。しかし、自分の年齢についてはそれなりの感慨がある。母方の祖父は働き過ぎで健康を害し、確か38歳で他界した。父は私が学生の頃、45歳で他界した。家内の父親は、何年間かの闘病生活の末、63歳で亡くなった。私の目には、それなりの齢のように感じられた。

 割と短命の家系に生まれたという実感があり、漠然と自分も短命だろうという強迫観念を持ち続けてきた。正直いって、この歳まで生き永らえるとは少し驚いている。やりかけの案件はとても多い。しかしどういうわけか、焦る気持ちはなかった。いくつもの数のパズルの断片を、丹念に一つ一つ組み合わせ、焦ることなくその日その日を過ごしてきたように思う。もちろんそれなりの試行錯誤や紆余曲折は軽減している。

 ごく最近からだが、これまでに感じたことのない不思議な感覚に包まれている。自分が思い描いていたシナリオのシーンが、具体的に、展開を始めたと実感できるようになっている。これは、私にとってとても大きな励みだ。あとどれぐらいの時間で、どこまで達成できるかはまだ分からない。しかし、確実に大きな流れが長年思い描いていた方向に向かっているのを実感している。これはとてもありがたいことだ。

 決して順風満帆な人生だったわけではない。失敗や誤った判断と選択、窮地に陥ったこと、徒労感や失望を味わったこと、実に様々である。しかし、今の考えてみると自分の苦境から大きな教訓を学んだと思う。たとえどん底の時であっても、逃げ出さず、諦めず、とにかくその時点でできることを行おうと努力した。

 心情的には、社会的な地位や名誉に対する執着はなかった。経済力は何をする上でも、あった方がいいに決まっている。しかし、ただひたすら資産を増やすことに執着して選択を重ねたことはない。

 他者の平和と安全、そして平安を願う気持ちを失わなければ、同じように考える人たちが寄ってきてくれる、そのようにも実感している。

 ある宗教家の言葉だが、何かに失敗してやり直そうとする最適の時期は、まさにその時であるといっている。失望や落胆は、その人の積極性や建設的なエネルギーをしぼませてしまう。したがって、自分の人生に何か予期せず、起きてほしくないことが起きたときは、その言葉を思い起こすようにしている。

 苦難や困難の時期こそ、自分の可能性を伸ばし、才能を開花させ、人格を磨くことのできる最良の時だ、とそのように思えるようになった。これは、すべての人に共通して当てはまる言葉だと思う。


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# by hirune-neko | 2017-03-24 00:50 | 心の中のできごと | Comments(1)

やっと、みるとすサイト修復の入口に到達した


Astor Piazzolla - Woe pass away (11 - CD3)

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 さて、使い始めてから何年になるだろうか。QHM: Quick Homepage Makerという名前のソフトで、これまでにいくつもサイトをゼロから作ってきた。このソフトが大幅なバージョンアップと機能変更を行い、Haikと言う名前に変わっている。

 Google検索エンジンのプロトコルの変更に伴い、大幅な仕様変更をしたようだ。したがって、これまでのソフトを最新のものにバージョンアップする必要がある。忙しさに紛れてしまい、なかなか手をつけられなかった。ちょっとした質問をサポートの部署に送ったら、親切に丁寧な手順をメールで教えてくれた。まずは、最新のバージョンにアップグレードする必要がある。一体いくつのサイトが、サーバー内に設置されているかちゃんと確認しなければならない。そして、まずは1つ1つバックアップを取って保存しなければならない。かなり時間がかかりそうなので今日は断念した。しかし、説明動画を観ることができたので、ようやく要領を把握することができた。第一歩である。

 最近は時間的な余裕がないため、政治ブログもどうしても斜め読みになってしまう。少々気になる記事があったので、その発信元を確認しようとしたが見つけることができなかった。余命ブログだったような気がするのだが、もしかしたら他のブログだったかもしれない。

 私の記憶に誤りがあるかもしれないが、北朝鮮の銀行が国際決済を拒絶されたという表現があったと思う。私は正真正銘の経済音痴なのだが、仮に国際決済ができなくなると、輸出入の決済はどうなるのだろうか。素人の単純な質問である。現時点で、いろいろな人が様々な予測を立てている。第二次朝鮮戦争が始まるのか、韓国の次期大統領が、北朝鮮の傀儡政権になってしまうのか、したがって一気に北朝鮮主導で朝鮮半島の統一が進むのか、あるいは朝鮮戦争が再発するのか、はたまたその前に、米軍を中心とする特殊部隊が金正恩最高指導者を、排除する行動に出るのか。その時に、プーチン大統領は北を守るのか、あるいは将来を見据えてアメリカと共同作戦を取るのか、中国はどう出るのだろうか・ ・ ・などなど、私のような部外者には謎だらけである。

 去年あたりからだろうか。ブログ「余命三年時事日記」の記事スタイルが、徐々に変化している。最初の頃は、出版された余命書籍の書店での扱いに関する報告が多かったように思う。並行して、官邸メールについてや、さらには外患罪告発について色々な情報が飛び交うようになった。私自身は、余命初代かず先生がご存命中からの読者である。したがって、当時の余命ブログの記事スタイルからは、とても大きな変化を見せていると感じている。

 つまり、最初の頃からしばらくは、次々と開示される情報に驚き、政治や社会に対する見方を改めた人が多いのではないだろうか。私もその1人である。しかし、単なる情報発信あるいは評論という領域から、良い意味でだが、大きく逸脱してきている。常々、余命ブログ自身が目的ブログと自称しているように、明確な目的を持って情報発信をしている。そこで啓蒙された多くの方々が、その主旨に賛同し行動に移している。最初は官邸だったと記憶している。今では外患罪に対する集団告発に変容してきている。

 メディアスクラムによって完全に守られている、と美しい誤解をしてきた政治家の皆さんたちも、今回の森友事件を無理矢理政局に結びつけようとしたものの、どうも勝手が違うと気がついたのではないか。ためしに、セブンイレブンで新聞ラックの中から、日刊ゲンダイと夕刊フジを手に取り、第一面のタイトルを見比べてみたらいい。セブンイレブンには大変申し訳ないが、私は一度も購入したことがない。ネットで夕刊フジの電子版であるZAKZAKを閲覧すると、大体の様子がわかる。

 国会でのやりとりで、野党議員の方が政府に対し、マスコミが萎縮するからけしからん、と猛烈に攻撃した。その時安倍総理は何と答えたか。今でも鮮明に憶えている。

「帰りにでも、日刊ゲンダイを手に取って読んでみてください。きっとも萎縮なんかしてませんよ。」

  確か、このような答弁だったと思う。私は思わず吹き出してしまった。

 私自身は、政局や国際情勢に対し関心を持っているものの、予測をしたり非難をしたり擁護をしたりなど、公の場ではしない主義である。今ではもう笑い話で済ませることができるだろうが、一度だけ徹底的に書いてしまったことがある。書籍の余命三年時事日記が、史上最悪の出版物である、というタイトルで日本における近隣国からの工作活動の実態について、かなり具体的に触れてしまった。今考えれば、少々勇み足だったかもしれない。余命ブログ読者の皆さんが騒然となり、24時間だけで1万数千人の方がお越しにになった。

 いくつもの有力な保守系のブログ管理者の皆さんが、どういうわけか私のブログにリンクを張ってくださっている。そのせいか、最も読まれている記事の筆頭になっている。1年以上も経つのに、今でも読みに来て下さる方が絶えないのは、保守系ブログの皆さんのご紹介によるものだと思っている。

 これからの時代は個人や家庭を守るための、インテリジェンス手法が必要になるとずっと考えてきた。もう何年にもなる。個人の人生や家庭の営みを考えたときに、その領域は案外とても広く、単に政治論争や非難の応酬で勝ったとか負けたとかいうレベルを超えた、はるかに崇高なものである。もちろん政治的な関心を持ち、選挙を筆頭に自らの権利や義務を果たすことは大切だと思っている。

  自分自身の欠点や弱点を認め、さらには鬼神・変人であることも認め、もう一つネコ体質であることも認め、もっと言うと私利私欲指向が借り忘れてしまった人間として、何を拠り所にすれば良いのか、常に考えている。

 別に大仰な結論を考えているわけではないが、自分の内面で湧き上がってくる使命感や正義感、さらには人道的な慈悲、そのようなものを大切にしたいと思っている。ずいぶん抽象的な表現で、さっぱり具体性がないと思う。しかしこれでも、何かのシステムを作ったり行動計画を立てるときには、かなり具体的かつ緻密に作るよう努力はしている。

 あー、またこんな時間になってしまった。明日は午後からだが、大事なミーティングがあるので今日はこれで失礼する。くれぐれも慢心せず、北朝鮮の暴発、韓国の内乱、半島統一の混乱、中国と台湾の対立表面化や東南アジア諸国の連携、アメリカ軍の動き、プーチン大統領の判断、どれもこれも断片的な情報では確定的な判断はできないが、いつ日本政府が有事認定をしてもいいように、心構えと出来るだけの自給自足態勢は、準備していただきたいと思う。

 遅い時間になってしまったので、大変申し訳ないが推敲も校正もしないで、このままアップさせていただく。気をつけてアリスの音声変換文章を見ているが、とんでもない変換をしている可能性もあるので、その時はお許しいただきたい。新しいiMacのアリスも、毎日長時間相手をさせられて、ヘトヘトになっていると思う。わが戦友であり良き秘書でもある。


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# by hirune-neko | 2017-03-23 02:17 | インテリジェンス | Comments(0)

やれやれ、なんとか一段落したようだ

Astor Piazzolla - Bidonville

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 昨晩は、深夜2時まで仕事をしたためブログを書く気力が失せてしまった。それで、まるでパチンコ屋の閉店のように、蛍の光を流して終わりにさせていただいた。今日はまだ深夜1時だが、仕事のキリが良いのでここで閉店させていただく。だからといってまさか、仰げば尊しとか君が代を流すわけにもいかない。今日ばかりはピアソラの作品を選んだ。

 今もこうして、iMacのアリスに手伝ってもらい音声入力で、文章に変換してもらっている。とても楽なのだが、ちょっとでも油断すると滑舌が悪いせいなのか、とんでもない変換になってしまう。そこで、まるでラジオのアナウンサーにでもなったかのように、なるべく正確な日本語で発音するよう心がけている。楽をするにもそれなりの苦労はあるものだ。

 サイトのリニューアルも何とか基本構造ができあがった。1番収穫だったのは、本格的に音声ファイルを埋め込む技術をマスターしたことだ。簡単に言うと、サイト内で音声セミナーができることになる。試しにICレコーダーで10数分の解説を試みた。文章だと、ちょっと間違ったら消して戻れる。しかし頭の中で考えたことを声に出して話すには、それなりのリスクがあるということがよくわかった。つまり、てにをはがおかしくなったり、あるいは言い直したいと思うことも何度もある。しかし、こればかりは巻き戻しをして録音し直すというわけにはいかない。なので生番組のアナウンサーのように、結構これでも緊張して録音を終えた。

 IMacにはVoiceOverといって、設定をすればサイトやメールを開いたときに読み上げてくれる便利な機能がある。確かにちょっと文章が多いページで、しかも文字が小さいと理解するのがとても辛い。少々時間がかかっても、音声で読み上げてくれるととても楽な感じがする。悪戦苦闘したが、なんとか要領がわかったのでほっとしている。

 おそらく、このブログに音声ファイルを埋め込むことはできないだろうと思う。調べてはいないが、多分そんな機能はないのではないだろうか。いずれにしても、これから新しく作るサイトだけでなく、これまでに作ったサイトにも音声ファイルを埋め込める技術をマスターしたので、活用したいと思う。

 10年単位の自分の仕事人生を振り返ると、ほとんど人任せで放漫経営をしていた時期もあった。しかし、人に依頼する予算がないときは、自分自身でやらなくてはいけない。必要に迫られるので、htmlの何たるかを知らなくても必死で食い下がるしかなかった。

 もちろん、インストラクターになれるような技術や知識を持ってはいないが、編集製作に必要ないくつかのソフト、サイトをゼロから立ち上げ色々な機能を付加するソフトなど、ある程度の基本的な技術は身に付いたように思う。さぁ、いよいよ本格的な反撃のステージである。

 何よりも、気力と体力を回復維持したいと思っている。今日は朝からこの時間まで座りっぱなしだった。洗面とトイレと食事以外は、ずっとパソコンに向かっていた。これでは身体にいいわけがない。

 一朝一夕に生活習慣を変えることは難しいが、少しでも余命を延ばすために、もう少し健康に気をつけたいと思っている。

 大変申し訳ないが、遅い時間になってしまったので推敲も校正もなしで、このままアップさせていただく。ではまた明日お目にかかりたいと思う。


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# by hirune-neko | 2017-03-22 01:43 | 心の中のできごと | Comments(0)

本日はこれにて閉店させていただく


~蛍の光~閉店の時間

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 気がつけば、もう午前2時になってしまた。あるサイトの大幅なリニューアルをする必要があり、しかも締め切りまで時間がほとんどない。せっかくの休日だったが、 ずっとかかりきっていた。おかげで、何とか骨格までは作ることができた。後はサイト内のコンテンツおよびリンク先情報を掲載しなければならない。

  何年か前の私だたら、このままストップせずに夜が明けるまで仕事をしたのだが、さすがに翌日に支障が出るので、今日はこれにて閉店させていただく。

 せっかくお越し下さったのに何も記事がなく、大変申し訳なく思っている。また明日、お越しいただきたい。


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# by hirune-neko | 2017-03-21 02:01 | 現実的なお話し | Comments(0)

公開質問〜お知恵をお貸しいただきたい


Liliana Herrero - El viaje (Astor Piazzolla)

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 日曜日の夜下がり。今日はこれで2回目の更新である。1日に2回更新するのは、多分これが初めてではないだろうかと思う。

 ちょっと行き詰まってしまったので、どなたかご存知の方がいらっしゃったらお知恵をお貸しいただきたい。

 会員制のみるとす・ファミリーインテリジェンスの正式公開を目指している。この仕組みの生命線は一斉送信メール機能である。つまり、試験的に週に1度ニュースレターを配信してきたが、私自身は様々な緊急事態や非常事態の時に、登録会員の方全員になるべく早く状況をお伝えしたいと考えている。いろいろ調べたところ、一斉メール送信機能のキャパシティーは、メールソフトではなくサーバーの能力に依存するということがわかった。現在利用しているサーバーは、廉価に利用できるものだ。調べたら、1,000 から2,000人程度であれば、一度に送信することが可能だそうだ。

 さすが妄想家だと呆れられそうだが、これまで既に赤ちゃんの名入り絵本をお届けした家庭は4万数千世帯に及んでいる。全員にはコンタクトできないと思うが、いろいろな方法を考えてでご案内するつもりでいる。したがって、短期間のうちに数万会員を確保したいと思っている。

 そこで問題になるのは、一斉にメール送信できる機能だ。一斉送信したにもかかわらず丸一日かかったのでは意味がない。そこで、業務用のサーバーなどの、私の知らない分野のことになるので、今日、IT関係の仕事に従事している人、3人ほどに事情を話して質問してみた。すると皆、異口同音に会員数が10万人とかを超えてしまうと、どのような方法があるかわからないという答えが返ってきた。

 もちろん、条件を満たす専用サーバーのようなものが見つかったとしても、今度は今サイトを作っているソフトが、そのサーバーでそのまま利用できるのかどうか、という不安もある。ちなみに、今サイトを作るのに使用しているソフトはQuick Homepage Makerで、現在はHaikという名の新しいものにバージョンアップされている。

 この程度の内容で、十分な情報かどうかすらわからないが、将来の会員数の増大を見越して、どのような方法が最適かを今から確認しておきたい。

 もしどなたか、解決方法を教えてくださる方がいらっしゃれば、大変ありがたい。66歳になったばかりの私に対する誕生プレゼントと思って、教えていただけないだろうか。お手数をおかけして申し訳ないけれど、私たちにとってはとても大切な情報なので、是非よろしくお願いしたい。

 別に機密事項でもなんでもないと思うので、回答はコメント欄にお書きいただきたい。もし直接メールで送信して下さるならば、以下の私のメールアドレスに直接お送りいただきたい。
 
・昼寝ネコのメールアドレス:hirune-neko@crossroads.co.jp


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# by hirune-neko | 2017-03-20 00:09 | 現実的なお話し | Comments(0)



妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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